next up previous contents
Next: ニューロンとニューラルネットワーク Up: 無題 Previous: 目次

序論

 

人間の脳の中には140億もの神経細胞(ニューロン)があると言われている。 これらの神経細胞はシナプス結合により巨大で複雑なネットワークを形成している。 ニューロン単体における活動はごく単純でありながら、ネットワークとなったそれは、生物の記憶、想起といった作用を可能とする。 生物が受けた外部からの刺激はすぐさま信号に変換され、脳内におけるネットワークにて処理される。 処理を済ませた情報は、生物の体験というかたちで脳内に記憶され、それは素早く想起され得る。 この作用は現在のコンピュータを凌駕する速度で為されるものであり、ニューラルネットワークは優れた並列処理機構であるといえる。

このような機構を工学的にモデル化したニューロンで擬似的に再現しようという試みがある。 生物の脳と同様の働きをコンピュータで為せるとなれば、非生物にして人の判断の如く柔軟な挙動が可能になるということであり、それによって広がる可能性は計り知れず、研究者にとってのみならずこれは大きな魅力であるといえる。

この試みは1943年、マッカロ(W.S.McCulloch)とピッツ(W.Pitts)がニューロンのモデル化を成したことから始まる。 彼らは生体ニューロンを、興奮状態になると1を、非興奮状態であれば0を出力するものであり、また興奮の条件は他のニューロンからの入力の総和が閾値を超える事であると考えた。 この時彼らは、ニューロンを構成するシナプスの結合強度を一定として扱ったが、後の研究者達によって、結合強度は個々で異なり、またそれは伝送信号強度の決定を支配するとされた。

後、1949年にヘッブ(D.O.Hebb)により、信号伝達を為したシナプスの結合は強まり、また、次なる伝達が生じ易くなるという仮説が提唱された。 それを根拠とし、ニューロンは可塑性を持つが故に認識や記憶を担い得ると彼は主張した。 これはヘッブのシナプス強化説と呼ばれ、現在に至る大部分のニューラルネットワークモデルの学習法則の基となっている。

また、1982年にはホップフィールド(J.J.Hopfield)によって、神経回路モデルが提案された。 神経回路網ダイナミクスの研究を行っていた彼は、ニューロンの発火アルゴリズムと結合係数の組が定められた神経回路網に与えられる興奮パターンが変化して行く場合においてその変化に伴い減少して行くエネルギー関数が定義でき、エネルギーが関数の極小値に達した時にパターンは安定するという神経回路網のダイナミクスを提示した。 安定に達したパターンを記憶パターンとして扱う時、ネットワークは適当な刺激パターンから記憶パターンを想起する連想記憶装置となる。

このようにモデルを確立する一方で、生体ニューロンに対する研究も行われた。 そこにはカオスと呼ばれる決定論的非周期振動の振る舞いが観察され、1990年には合原らがカオスニューロンモデルを発表した。 それにより、モデルの振る舞いはより生体のそれに近づくと期待された。

カオスニューロンにより成されたネットワークに対する学習は、逐次学習法を用いて行う。 この学習法は、互いのニューロンが同状態にある時にはそれらの結合がより強まるというヘッブの理論に基づき、個々のニューロンが自身の内部状態から結合強度を変化させるか否かの判断を下し、追加学習を行うというものである。

カオスニューロンの内部状態は、外部入力、相互結合、不応性の三種のパラメータによって決定される。 逐次学習では、ネットワークは自身の内部状態に基づいて、与えた情報を学習し続ける。 本研究では、学習を長く続けた際のネットワークの振舞いを 、アルファベットのAからZの26パターン、それにaからzの小文字26字を加えた52パターン、更に数字等の13パターンを加えた65パターンの入力を設定した各場合において 調査する。



Toshinori DEGUCHI
2005年 4月 1日 金曜日 17時24分52秒 JST