人災
来場者数
Since Sept. 3, 1999.

プロローグ
天災は忘れた頃にやってくるというが、私には忘れることにできないいろいろな人災がある。
第一話「焦げ付いたやかん」
私の部屋には底部が真っ黒になったやかんがある。K君という卒研生がいた。彼は田舎から出てきたいかにも純朴な青年であった。普通、寮に入って一年もしないうちにあっという間に都会・・・ではなく高専の色に染まってしまうものだが、彼の場合は5年たっても何も変わらない好青年であった。千葉大へ編入学し、大学院をでたあと、岐阜県の工業高校の先生になり、岐阜工業から現在は高山工業で教えている。ここまで書くと完全に誰のことかわかってしまう。彼は高専時代は陸上部で活躍しており、現在でも高校で陸上部の指導をしている。そんな彼が私の部屋で事件を起こした。
「先生、コーヒでもいれましょうか」
「うん。いいね。たのむ」
今では、死語となってしまったこんな会話が昔はよくかわされていた。
K君はガスコンロにやかんをのせガスをつけた。そのあと、かれは近くの机で編入学試験の勉強をしていた。私は例の私の小部屋で仕事をしていた。どのくらいの時間がたったのだろう。仕事に夢中になっていて気付かなかったが、かたかたと音がしている。そういえばK君がコーヒをいれてくれるといっていたんだっけ。もうずいぶんと時間がたったような気がするが。
「おーい、K君。もう湧いたんでないかい」
「・・・」
返事がない。
「!」
彼は私が知らない間に部屋からいなくなり、ガスコンロの上には真っ黒になったやかんが残っていた。やかんの中には水がなかった・・・。
第二話「短くなったゴムホース」
「先生、コーヒでもいれましょうか」
「うん。いいね。たのむ」
今では、死語となってしまったこんな会話をふたたびK君とかわした。
「ちゃんといなきゃだめだよ」
わたくしは、この前の経験から一言加えるのを忘れなかった。ガスをつけてしばらくすると何となくゴムが焦げるような臭いがする。
「おーい。K君、何か燃えてないかい」
わたくしは机を離れガスコンロを見に行った。K君も振り向いた。
「!!!」
ガスコンロはガスを供給しているゴムホースを自ら焼いていた。ホースがやかんとコンロの間に挟まっていたのだ。今から思ってもぞっとする光景だった。
それ以来、わたくしの部屋のガスコンロのホースは短くなってしまった。
第三話「水難事故」
私の部屋では真空ポンプをよく使っていた。拡散ポンプは水冷する必要があり、蛇口を全開にして運転中はずっと水を流しっぱなしにする。実験が終了しポンプを切っても常温までもどる間は水を流す必要があり、装置をすべて切るのにおよそ40分ほどかかる。その日は夜の7時ころ実験を終わり、あとは学生たちに任せて、私は遅い夕食に出かけた。高専の北に伊吹というレストランがあり、ここで食事を済ませ、8時半頃に高専にもどってきた。そのころ私は電気工学科棟の3階(電子実験室の西に二つ目の部屋)にいた。電気工学科棟東の階段にさしかかったとき、雨でもないのにザーという水音が聞こえてきた。
「!」
私は駆け上がった。二階から三階に続く階段には滝のように水が流れ落ちていた。
私の部屋の前の廊下は水浸しであった。ドアを開けると廊下との敷居を越えて水が出ており一面湖であった。配線用のテーブルタップが床にあり、感電が心配であったがともかく水を切るために部屋に入った。学生はだれもおらず、洗面台に戻していたホースが床に落ちていた。蛇口を全開にして部屋に水を流しているのだから、あふれるわけだ。とりあえず、部屋の水を回収にかかった。ちりとりで簡単に水がすくえる状態であった。部屋の水を取り終え、廊下や階段もモップをかけてなんとか元に戻した。人影もなく、何とかこの事態は収まったとほっとしていた。次に心配になったのは水漏れである。そういえば、私の部屋の下はチョンボT富先生だ。そのころ、先生はコンピュータを専門としていた。
「!」
大丈夫だろうか。そういえば昔、大学で同じ様なことをした人物がおり、その下の部屋がオキタックのコンピュータルームで大変な事態になったことがあったと聞いている。そういえば水道の蛇口の丁度、直下に先生の机があった。もうその時間には誰も部屋に残っておらず、被害を確かめることができない。
明くる朝、私は何食わぬ顔でT富先生の部屋を訪れた。
取るに足らない話をしながら私はT富先生の机の上あたりの天井をみた。壁側にシミのようなものがみえるがとりあえず被害はなさそうだ。T富先生も全く気がついてないようだったが、私は水の件を正直に話した。特に被害もなかったので、一件落着とほっとしていたが、数日後に思わぬ方向からこの一件がばれてしまった。
「稲葉先生。儂の部屋の工具がみんなさび付いているが、水漏れをやったんじゃないか?」
それは思いもかけない先生からの詰問であった。どうやら水はT富先生の壁を伝いその斜め下の方へいってしまったようだ。平謝りをするしかない。よりにもよってあの部屋までいくとは。まいった。まいった。
第四話「電気機械実験室への水漏れ」
3階から現在の2階の部屋に引っ越しをした。学校の水は余りきれいではなく、朝は水を出しっぱなしにしておかないと赤錆がでる。私の部屋の水道の蛇口にはフィルタをつけてあるが、それでも心配なので水を少し流したままにしていた。ある日、T下先生(名工大に転任)が私の部屋に来て水道のあたりを見ている。どうしたのかと聞いたら、下の部屋の電気機械実験室(強電実験室)で実験準備をしていたら、変圧器のあたりにポタポタと雨漏りがするんです、という。雨も降っていないのにこれは変だと思い、まず、真上の私の部屋が怪しいと思ってきたそうだ。水は流しっぱなしにしているがすべて排水溝に流れているから、水漏れがあるなら排水溝以後だから、私の責任ではないと思って、蛇口を見たら、その後ろの壁の色が変化している。よく見るとフィルターのゴムパッキングが完全でなくそこから霧のように水が壁に当たっておりそれが床に伝って水漏れしたようだ。変圧器の上に落ちていたというから怖ろしい。未だに、そのシミあとは強電実験室の天井に証拠として残っている。
第五話「火災一歩前」
今だから話せるが、一歩間違えば学校が燃えていたかもしれない事をしてしまった。
真空ポンプの水冷の話はしたが、それは拡散ポンプという油蒸気を使うためである。ヒータで油を気化させるのであるが、水令していないと油がそのまま真空室まで行ってしまう。したがって、普通は水冷用の水が流れていないと断水警報機がなったり拡散ポンプのスイッチが自動的にきれるようになっている。すくなくともセットで買った排気系では。ところが、当初は私の部屋も研究費が乏しく、いろいろなところからかき集めてきた部品を使って真空排気系をつくっていたので、とてもそんな安全面まで手を入れることができなかった。
拡散ポンプのヒータは配電盤の電源で直接入れるようにしていた。したがって、断水になったときには手動で配電盤を切る必要があった。
ヒータを切って自然に冷めていくのを待つと1時間ほどかかる。急いでいるときには雑巾に水をしみこませ強制的に冷やす。この方法だと30分ぐらいで常温までさがり全体の排気系を切ることができる。その日、実験が遅くなったので、いつものように強制水冷にした。そして排気系のスイッチを切り帰宅した。
明くる日、階段を自室に向かって上っていると、焦げ臭いにおいがただよってきた。
電気のホームページ 稲葉研のメニュー