シリコーンがいし材料の撥水性評価と液体の界面エネルギー

 

所 哲郎(岐阜工業高等専門学校)

 

Effect of Surface Tension of Liquid on the Evaluation of Hydrophobicity

of Silicone Rubber Insulator

 

Tetsuro Tokoro ( Gifu National College of Technology )

 

Abstract

The effect of surface free energy of liquid on the evaluation of hydrophobicity of silicone rubber insulator was investigated. The surface free energy of liquid was decreased from its original value of distilled water, 72.8 mN/m, to 40-60 mN/m during the immersion of silicone rubber. This decrease of surface tension related to the temperature of solution and to the kinds of silicone rubbers. Silicone rubber diffuses low molecular weight material (LMW), which decreases the surface free energy of solid. When LMW fluid solves to the water during the immersion the surface tension of liquid decreases which affects to the evaluation of hydrophobicity of the solid.

 

キーワード:表面エネルギー、撥水性、シリコーンゴムがいし、LMW、拡散

(surface energy, hydrophobicity, silicone rubber insulator, LMW, diffusion)

 

 

1.まえがき

 近年、屋外用高分子電気絶縁材料の、撥水性の劣化および回復過程についての研究が多く成されている。撥水性は一般に、蒸留水の水滴の接触角や、材料表面全体の撥水性をクラス分けしたHC指標(STRI法)により評価される。(1)

シリコーンゴムなどの高分子電気絶縁材料は、優れた電気的・機械的性質とともに撥水性を有しており、屋外用がいしなどとして広く用いられつつある。特にシリコーンゴムは、磁器がいしなどに無い低表面エネルギー成分(一般には低分子量成分でありLMWとも呼ぶ)を含んでおり、その固体表面への拡散過程が、撥水性の回復過程に密接に寄与していると言われている。

一方、高分子がいしの磁器がいしに比べた欠点としては、吸水による誘電特性の変化やトラッキングやアークなどによる熱的劣化・浸食がある。(2), (3) 従って、トラッキング試験、メリーゴーラウンド試験(RRT)および塩霧試験などによる材料評価が行われている。これらの試験における材料の吸水劣化や撥水性の評価に関しては、液体としては蒸留水や塩水が用いられ、主に導電率によりその試験条件が規定されている。撥水性は試料である固体と、この液体との表面および界面エネルギーによって決定されるため、液体の表面張力を把握しておくことは大変重要である。特にシリコーンゴムはLMWを含んでおり、本報告ではその液体中への溶出に対しての検討も含めて、液体の表面張力や界面エネルギー(1)について検討した。

2.試料及び実験方法

 試料としては主に、3種類のシリコーンゴム試料(RWHWHD)を使用した。各試料の5, 20(室温)および50℃の蒸留水への水浸劣化過程における、124および168または504時間後の吸水量、接触角および、水浸溶液の表面張力を測定した。水浸劣化に用いた蒸留水の量は200 ml、導電率は3μS/cm以下、表面エネルギーは72.8 mN/m程度である。固体試料の形状としては、先の3種類のシリコーンゴムで作成したトラッキング試験用のシリコーンゴム試料を2分割したもの(50×60×6 mm)を主に用いた。記号RWRTVHWHDHTVシリコーンゴムである。

 撥水性測定用の液体としては蒸留水(3μS/cm, 72.8 mN/m)を用いた。また、参考までに、食塩水や青色インクで着色した水の表面張力も測定した。表面張力の測定には、島津製作所製の液体表面張力計(Model DN)を用いた。

3.実験結果および検討
3.1 固体及び液体の表面エネルギー

蒸留水とよう化メチレンの接触角と調和平均式により求めた未劣化状態の3種類の固体試料の表面エネルギーは、シリコーンゴムが 31.5 mN/mEPDMゴムが 24.7 mN/m、および、ナイロン6/6 46.1 mN/m 程度であった。(1),(2) 従って、この場合撥水性は EPDM>シリコーン>ナイロンの順で、EPDMゴムが最も良いこととなる。液体の表面エネルギーは、蒸留水の文献値が 72.8 mN/mで、測定値は、室温 3 μS/cm 72.4 mN/m5℃で 73.2 mN/m50℃で 71.0 mN/mであった。また、導電率に関しては、塩水・室温 10 mS/cm 71.8 mN/m、室温・90 mS/cm 71.3 mN/m(塩水の密度による補正を考慮すると、それぞれ71.7 70.7 mN/m)であった。液体の温度と、食塩の添加による導電率の増加に対しては、水の表面張力はあまり変化しないのが分かる。これらに対して、5%酢酸水では 59.4 mN/m、水滴の画像解析用に青色に着色した水では 46.9 mN/mと大きく低下した。また、別のHTV試料(4)を蒸留水に浸してその水浸液の表面張力を測定したところ、HTV30x30x3 mm, 1枚で58.5 mN/m9枚で43.1 mN/mまで大きく低下した。

3.2 蒸留水中への水浸劣化過程における水浸液の表面張力、試料重さおよび接触角の変化

初めに、未処理試料の接触角と重さを測定し、その後、試料を洗浄してもう一度測定した。洗浄は、75ml5%酢酸に試料を完全に浸し20秒間放置した後、蒸留水で洗い流すという方法で行った。このとき希酢酸液には、ただ浸しただけである。その後、3種類の試料を5, 20(室温)および50℃の各設定温度の 200 ml の蒸留水に浸して、水浸液の表面張力、試料の重さ、および、蒸留水による接触角を測定した。水浸液の表面張力の測定に際しては、各測定の前に溶液を2分間撹拌した。それらの結果を図.1、図.2、図.3にそれぞれ示す。各図の(a)168時間の水浸劣化過程の、(b)504時間の水浸劣化過程を、それぞれ別々の試料で測定したものである。なお、表面張力の値には水の密度による補正を済ませてある。また、3週間後の水浸液の導電率は、室温以下では最高 8μS/cm程度まで、50℃では2947μS/cmまで増加した。HWの場合が、やや導電率の増加が少なかった。

.1より、ほぼ全ての試料で水浸温度が低温であるほど表面張力の低下が少なく、溶液温度が上がると表面張力が早く、より大きく低下する傾向が確認できる。また、液体の表面張力の低下の度合いは試料の種類に依存しており、RW<HW<HDの順で、HDが一番大きく低下している。この表面張力の低下は、最初の1時間でほとんど完了しており、その後、徐々に低下していく場合と、一部、増えたり減ったり値が変動している試料が見受けられる。これらより、高温での水浸劣化ほど試料中のLMWが溶液中に溶けだしており、水浸液の表面張力を低下させること、その低下の割合は試料の種類により異なることがわかる。

 次に、図.2に示す試料重さについては、水浸時間が長いほど増加しており、LMWが水溶して質量が低下する以上に吸水していると考えられる。これらの重量変化は拡散過程であり、全ての試料に対して高温での水浸ほど、より短時間で蒸留水の吸水とLMWの溶出が、それぞれの平衡状態へと遷移していくこととなる。図.2(a)より50℃・1週間後の重量増加は、RW0.1%以下、HW0.3%HD0.8%であった。従って吸水しやすさはHD>HW>RWの順で、HDが最も吸水しやすいのがわかる。また、図.2(b)-RW50℃に着目すると、24時間後辺りの重さが最大であり、その後は水浸劣化時にも関わらず試料重さは次第に低下していくのが確認できる。別の試料の測定結果から、この時にも吸水量自体は増加しており、それ以上にLMWの溶出があるためであることが確認されている。(2) なお、試料重さ、言い換えれば吸水量については、(a)(b)の測定に大きな違いは観られない。

 図.3の静止接触角については、全体的には吸水に伴い接触角が低下する傾向が見うけられた。RWが最も撥水性が高く、HDが最も撥水性が低く、HWはその中間となり、前述の吸水による試料重さの増加が少ないほど撥水性の低下も少ない結果となった。これらは、STRI法によっても確認できた。しかしながら試料ごとにみると、温度上昇による吸水量の増加と接触角の低下との対応は、必ずしもとれていない。これは、吸水量の増加は固体の表面エネルギーを上昇(撥水性を低下)させるが、高温側ではLMWが水に溶けやすい反面、試料表面に移動しやすくもなるため、複雑な振る舞いをするためと考えられる。また、(a)(b)の測定に関しては、全体的に(b)の測定の方が接触角の低下が大きい。この違いの要因としては、接触角測定用水滴の大きさを、(a)では13μl 程度、(b)では20μl 程度と、後者の水滴をやや大きくしたことが考えられるが、液滴形状法を用いた場合の接触角の液滴の大きさ依存性(5)とは異なった原因の存在が示唆される。なお、水滴の試料表面への作成方法は、注射器の針先から、(a)では2滴、(b)では3滴の水滴を、試料表面の約1cm上から滴下している。また、接触角はその角度を拡大モニター画像から直接求めている。

水浸劣化過程における、試料の重さ、接触角、試料を浸した水の表面張力の測定から総合的にいえることは次の通りである。@すべての試料は時間とともに油分が溶けだし蒸留水を吸水する。Aすべての試料は水浸温度が高いほど吸水と油分の溶出が早い。B撥水性が低くなったのはHDHWで、特にHDにおいて撥水性の低下と吸水が顕著であった。RWは吸水と表面張力の低下の両者とも最も小さい。撥水性の低下も比較的少ない。

3.3 液体の表面張力と接触角の関係

液体の表面張力と接触角の関係については、鴨沢により非イオン性界面活性剤(トリトンX-100)の濃度依存性として、エポキシ樹脂およびポリカーボネートに対して報告されている。(3) その界面エネルギーを用いた理論的検討は(1)やその参考文献にも述べられている。ここでは、界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウムを用いた場合の、液体の表面張力のその濃度依存性と、HW上の接触角の液体の表面張力依存性を測定した。その結果を、図.4と図.5に示す。参考文献(3)では0.01重量%程度の溶液で表面エネルギーが30mN/mまで低下しており、図.4では、0.1重量%の溶液で表面エネルギーが48mN/mまで低下している事がわかる。図.5より、この液体の表面張力の低下は、HW上の接触角を71 mN/m 90度から、41 mN/m 72度、37 mN/m 66度まで低下させる。特に高濃度部分である低表面エネルギー部分で、急激な接触角の低下がある(3)ことは興味深い。

3.4 画像解析を用いたSTRI法に及ぼす液体の表面エネルギーの影響

 試料表面の撥水性を画像解析を用いて評価する場合の、液体の表面張力の変化が及ぼす影響について検討した。STRI法に画像解析を応用することにより、撥水性の評価が自動化・定量化されれば、より信頼性のある撥水性の測定技術の開発が可能となる。

液体の表面張力の変化が及ぼすSTRI画像への影響の一例を図.6(a),(b),(c)に示す。画像の測定方法は、吸水劣化後の乾燥過程を経てデシケータ中に保存してあったRW試料を垂直に立てて、試料面からほぼ垂直な方向から10cm程度離れた位置から一回、各液体をスプレーしている。図.6(a)は蒸留水(72.8mN/m)、同図(b)は濃度0.1%のドデシル硫酸ナトリウム水溶液(47.8mN/m)、同図(c)は青色に着色された蒸留水(46.9mN/m)をスプレーで噴霧している。各画像は、試料を水平に戻した状態で、試料面に鉛直方向からCCDカメラによりパソコンに取り込んだ。これらの水滴画像に関しては、グレイスケール化した結果を、画像濃度により水滴位置を判別し、その水滴の大きさと個数を解析する事が可能である。(6) 従って、その水滴の大きさの度数分布や真円度を画像計測すれば、撥水性(HC指標)の定量的な評価が可能となる。

.6より、STRI法による撥水レベルもスプレーする液体の表面張力の影響を受け、表面張力の低い液体では見かけ上、試料の撥水性が低下してしまうことがわかる。透明な蒸留水の水滴を試料面に鉛直方向からの光で画像取り込みすると、その水滴接触部の固体面との判別は大変難しい。そのため図.6(a),(b)では、斜め方向からの光で陰影をつけて画像取り込みしている。この場合は水滴の位置は明白となるが、一般に円形でない陰影部分の処理が、撥水性の画像解析を大変困難にする。そこで、図.6(c)では液体を着色することにより、陰影を用いることなく水滴部分と試料部分の区別をより鮮明としている。

以上から、この液体への着色のような、画像解析を容易にしようとする手法が、撥水性の評価にどのような影響を及ぼすかを詳細に確認しておく必要があることが確認できる。言い換えれば、撥水性評価用の液体の表面張力を意識的に変えて測定すれば、それぞれの表面張力による試料の撥水状態(HC指標)の変化から、固体の表面エネルギー(撥水性)、すなわち材料の劣化や回復状態を、より詳細・正確に解析できると考えられる。

3.5 誘電特性の測定について

HD,HW,RWの希酢酸による洗浄前と洗浄後および、3週間の水浸劣化後の誘電特性を測定した。使用した電極系は、高電圧電極(半径25mmの円形)、主電極(半径19mmの円形)、ガード電極(外半径25mm、内半径20mm)で構成されている。試料は50mm×60mmに切った厚さ6mmの大きさで測定した。この試料の静電容量とtanδを、電流比較型のブリッジを用いて、50Hzにて測定した。静電容量とtanδの値は洗浄前と後でほとんど変化しなかった。水浸劣化前の試料容量から平行平板コンデンサとして求めた各試料の比誘電率は、RW3.2HW4.0およびHD4.2程度であった。また、tanδは、RW1.1%HW1.6%およびHD6.6%程度であった。比誘電率・tanδとも、RW<HW<HDの順番となった。

誘電特性は体積的な特性であり、表面の特性である撥水性と異なって、水浸劣化時の吸水量とその水分の分布形態が、それぞれ静電容量とtanδに大きく影響するものと考えられる。(4) 3週間の水浸劣化過程の静電容量とtanδの変化を測定した結果をそれぞれ図.7と図.8に示す。HDHWは水浸開始後20時間程度で静電容量とtanδともに大きく上昇させ、その後緩やかに増加した。HDが最も大きく増加した。逆に、RWは静電容量が1%程度、tanδが2割程度と、共にわずかな増加しか示さなかった。特に静電容量の変化は吸水量の変化の様子と、その時間的な変化・試料の違いおよび水浸液温度の上昇に対して良い対応を示した。また、tanδは2週間後から3週間後にかけて、ピークを持った後に低下する結果となった。すなわち、吸水量の増加は、必ずしもtanδの増加と結びつかない。(4)

体積方向と表面方向の誘電特性の測定(4)は、共に試料の吸水劣化過程や乾燥回復過程を観測可能であるが、観測対象となる静電容量の大きさを大きくとる工夫をしないと、その測定はノイズとの分離などかなり困難なものとなる。

4.まとめ

高分子電気絶縁材料の固体表面の撥水性評価に及ぼす、測定に用いる液体の表面張力の影響について、水浸劣化時の試料重さ、固体表面の接触角、水浸液体の表面張力の変化について検討した。また、STRI法による撥水性測定に及ぼす液体の表面エネルギーの影響や、その撥水性評価用の画像作成・解析手法について、および、水浸劣化過程の試料の高電界誘電特性について検討した。

なお、各測定は本年度の卒業研究として、勝勇樹君、國井稔枝さん、進藤久典君および高橋和良君によって行われた。また、本研究の一部は平成10年度文部省科学研究費(基盤研究(C))の援助によって行われた。

 

参考文献

 

1.       電気学会技術報告 第694号、pp.17-24, 53-55 (1988).

2.       哲郎、「塩水吸収による高分子絶縁材料の撥水性低下と界面エネルギー」、電気学会研究会資料 DEI-97-39, pp.67-71 (1997).

3.       鴨沢勅郎、「有機絶縁材料のトラッキング劣化現象とその周波数加速に関する研究」、博士論文 (1997)

4.       T.Tokoro, et.al., Effect of Water Absorption on the High-field Dielectric Property of Silicone Rubber, IEEE Int. Symp. on Electrical Insulating Materials (ISEIM'98) C3-3,Toyohashi, Japan, Sep.25-28, pp.461-464 (1998).

5.       川崎弘司、「高分子およびガラスの水蒸気吸着と濡れに関する研究」、電気試験所研究報告第690号、電気試験所, pp.31-31 (1968).

6.       所 哲郎、「高分子電気絶縁材料の撥水性の画像解析手法の考察」、電気関係学会東海支部連合大会, 267 (1998).

 

http://www.gifu-nct.ac.jp,電気工学科,所研究室)

 

 図は省略しました。

.6(a) RWの蒸留水による撥水状態

72.8 [mN/m]

 

.6(b)ドデシル硫酸ナトリウム溶液による撥水状態

濃度0.1重量%, 47.8 [mN/m]

 

.6(c) 着色水による撥水状態

46.9 [mN/m]