人類は自分たちの知性の源として存在する脳を模写する存在として、 コンピュータを創り出した。 コンピュータが誕生して以来、 その進化は衰えることなく、 現在のコンピュータは単純な演算速度比較では 人間の脳の能力を100万倍も上回るほどとなった。
しかし、依然として人の情報処理能力の多様さに コンピュータは遠く及ばないというのが、 昔も今も変わらない答えとなっている。 1997年、チェスの世界名人カスパロフ氏は IBM社のスーパーコンピュータ「ディープブルー」に 1勝2敗3引き分けで敗北したが、 それでコンピュータが人間を凌駕したことにはならない。 コンピュータは人間とは異なるやり方でチェスを指し、 結果的には双方が相容れない「知性」を持つことを 再確認させたと解釈すべきであろう。
コンピュータ技術の進歩は、認知科学とも結びつくことにより、 脳の情報処理メカニズムとは全く異なる形で “人工知能”(AI:Artificial Inteligence)を実現した。 人工知能研究は、世界初のコンピュータ、 「ENIAC」が登場した1940年代から始められている。 この研究は、人間が行う知的な情報処理を コンピュータを用いて実現しようとするものである。 最初はパズルやゲームをコンピュータで解かせたり、 迷路から脱出させるというものであった。 次第に、知識を蓄えたり、推論したりする機能が生まれ、実用的なものとなった。 このような人工知能の実現には、探索、知識の記号化、 if〜thenのプロダクション・ルールなどの方法が用いられる。 しかし、探索は処理する情報が増えれば組み合わせ的爆発を起こすこととなり、 知識の記号化やプロダクション・ルールなどは応用に限界がある。 人間と同じ認知能力や意識を持つような人工知能を目指すのであれば こういった方法では無理である。
人間には当たり前とも言える能力、男性と女性の顔を見分ける、 言葉を組み合わせて詩を創作する、 自我を持つなどは未だコンピュータには難しいものである。 確かに人間の知能には後天的に得られたといえるものもあるが、 生得のものもある。 この知能は誰かに与えられたものではなく、 コンピュータのアルゴリズムのように表現できるものでもない。 人間と同じことがコンピュータにできないのは何故だろうか。 原因の1つはコンピュータと脳の情報処理モデルの相違にある。 コンピュータの情報処理の基本は記号で表現された概念の論理操作だが、 脳の情報処理はパターンに基づく非線型・並列の複雑なダイナミクスを 基調にしている。
こういった、人間とコンピュータの相知れなさを悲観する状況の中で、 新たな発想により、今までの人工知能とは異なる、 並列型情報処理コンピュータを作ろうという動きが出てきた。[1] その一端を担っているのが、ニューラルネットワークと呼ばれるものである。
ニューラルネットワークとは、 人間(動物)の脳の仕組みを真似た情報処理技術である。 約140億個ともいわれる人間の脳神経細胞は、外界から受け入れた情報を、 緊密に結びついたネットワークによって並列分散処理している。 このシステムを、神経細胞に模した人工のニューロンを用い、 実現させるのがニューラルネットワークの目的となる。 ニューラルネットワークは、高速のパターン認識や不完全なデータに基づく処理、 適応学習能力などの面で優秀な面を持っており、 近年には、アメリカ海軍のソナーの音から敵潜水艦を見分ける といったようなものが実用化されている。 また、さらなる応用も期待されるものである。
本研究室ではこのニューラルネットワークに、 内部記憶と言うものを導入したものを用いた研究を行なってきた。 これはニューラルネットワークに、時間の概念を採り入れた ものをより良く学習させることを期待して 用いられるものである。
本研究では、内部記憶を用いた構成、 また、それを用いない構成の2つのニューラルネットワークに、 作成したゲームのプレーヤーとして参加させる。 学習は時系列的につながった形で行なうため、 内部記憶による効果を期待するものである。
本研究の前身となる研究では、 ほぼ同じ設定の下、内部記憶を用いず、 時間の概念のない学習によってある程度の成果を挙げた。 しかしながら、3つある学習構成のどれをとっても、 学習が思ったようにできていない、 などといったことが少なからず存在し、 完全な成果は出ていない。
そこで本研究では、前研究で最も成果を挙げた構成を用い、 また、内部記憶、時系列的な学習を導入し、 より良い成果を求めることを1つの目的とする。
また、内部記憶あり、なしの 2つのニューラルネットワーク構成による結果について比較、考察を行い、 内部記憶によるニューラルネットワークへの影響を調べる。 ニューラルネットワークの学習は、前研究と同じく、 バックプロパゲーションを基本とするが、 内部記憶を用いることによる影響があるため、 それを応用した学習法を用いる。