考察

実験1のFigure 7.2, Figure 7.3から, 海馬モジュールは入力が最近であれば最近であるほど類似度が高く, 昔の入力ほど類似度が低い。 ここから, 海馬モジュールは時間と共に忘れられていく非永続的な記憶, つまり中期記憶を記憶していると言える。また, 入力回数の影響が小さく, 少ない入力回数の情報でも学習できることがわかる。

逆に連合野モジュールは昔の情報もある程度保持していることから, 永続的な長期記憶を記憶していると言える。 また, 入力回数が多い情報ほど類似度が高いことから, 印象の強い記憶を保持していることがわかる。

これらのことから, このネットワークは中期記憶と長期記憶を分けて記憶していると言える。

実験2のFigure 7.5, Figure 7.6から, 海馬モジュールと連合野モジュールの間を切除したネットワークは, 海馬モジュールのみが学習を行い, 連合野モジュールが学習できなくなっていることがわかる。 このことから, このネットワークはH.M.の臨床例で見られた, 海馬を切除した場合の前向性健忘を再現できていると言える。

また, 連合野モジュールは新しく情報を覚えることができなかったが, 初期記憶として学習させてあったSquareパターンの記憶を保持し続けていることがわかる。 このことから, H.M.の臨床例で見られた, 術前3年以上前の記憶は 保持していたという状態を一部再現できていると考えられる。

実験3のFigure 7.7, Figure 7.8から, 学習途中に海馬モジュールと連合野モジュールの間を切除したネットワークは, 海馬モジュールは通常の動作を行い, 連合野モジュールは切除されるまでは 高い類似度を, 切除された後は低い類似度を示すことがわかる。 ここから, 実験2から同様に前向性健忘の再現が出来ていると言える。 ただし, この実験では逆向性健忘の状態は確認できない

また, Figure 7.7と, 実験4の Figure 7.9, Figure 7.10, Figure 7.11, Figure 7.12から, 学習途中で切除されたパターンに関しては, 切除後同様に常に低い類似度を示していることがわかる他, Figure 7.9, Figure 7.10では, 直前の数パターンの類似度も低くなっており, 逆向性健忘に近い現象が起きている。ここに示していない残り6回の結果でも 同様の結果が出ており, そのうち, Figure 7.10と 同様に逆向性健忘に近い結果が出た例は2件あった。

これらの結果から, 少なくとも, 海馬モジュール切除時のパターンについては 逆向性健忘が生じていると言え, 一部の場合によっては H.M.の臨床例における逆向性健忘に再現に成功している可能性がある。



Deguchi Lab. 2017年3月6日