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層状窒化炭素

このページでは、層状窒化炭素について解説をします。内容については、学生でも理解できるように心がけました。不正確な記述などございますが、ご了承ください。

1. 窒化炭素とは

窒化炭素は窒素と炭素原子からなる化合物で、C3N4がエネルギー的に安定した組成となります。通常は他の原子、特に水素は含まないのですが、合成方法によっては水素を含んでいる場合があります。窒化炭素を結晶構造により分類すると図1のようになります。 結晶構造で大別すると3次元の結晶構造をとる立方晶および六方晶の窒化炭素、低次元系,特に2次元構造をとるグラファイト状窒化炭素、非晶質の窒化炭素に分けることができます。 赤い背景で描かれた物質は理論的な予言はされているが合成できていないもの(もしくは合成方法が確立されていないもの)、背景が緑色の物質は、合成が確認されているを表しています。

立方晶および六方晶の窒化炭素は体積弾性率がダイヤモンドより高いと理論計算がされており、注目されました。マイクロ波プラズマCVDで合成できたという報告がありましたが、追証されていません。

非晶質の窒化炭素は、軟質系と硬質系があります。硬質系はダイヤモンドライクカーボン(DLC)に窒素をドープしたものであり、アーク蒸着などで合成できます 。軟質系はスパッタ法などで合成できます。これらの合成では、窒素含有量を高くすることが困難で、N/Cで1より小さいです。非晶質の軟質系窒化炭素は表面の低摩擦性、低誘電率性などの特徴があり、最近では、光アクチュエーターの応用も考えられています

図1 結晶構造による窒化炭素の分類

2. 低次元系窒化炭素の歴史

最初の低次元系窒化炭素の合成として知られているのは、Berzeliusによるチオシアン酸水(Hg(SCN)2)の燃焼実験です 。 この実験では多孔質の物質が生成され、その独特の反応の様子から「ファラオの蛇」と呼ばれています。Liebigはチオシアン酸カリウム(KSCN)水溶液を使った実験で生成された沈殿物を「メロン(melon)」と名付けました。Berzeliusの実験での多孔質物質もメロンに相当する物質であり、近年ではもっと簡単にメラミン(C3N3(NH2)3)、ジシアンジアミド(C2N4H4)、尿素(CN2OH4)などを加熱することで熱分解され、縮合によりメレム(図2(a))が合成できます。さらに500°C以上で加熱するとメレム分子がさらに縮合重合し、最終的に分子が完全に結合し、図2(b)のようなグラファイトの構造に似た2次元のCNネットワークのシート状構造をしているとされました。今では、この縮合重合による生成物はグラファイト状窒化炭素(g-C3N4)と呼ばれています。しかし、少しややこしい問題があり、この生成物は図2(b)のような構造にはならないことが実験的にわかっています。にもかかわらず、この生成物は、現在でもグラファイト状窒化炭素と呼ばれることが主流となっています。

ここで整理しますと、グラファイト状窒化炭素は、図2(b)のヘプタジン環を骨格とする窒化炭素(hg-C3N4)が化学的に安定な構造であるが、合成は確認されていないということなります。メラミンなどの縮合重合による生成物は、Lotschらにより詳細な研究がなされており、メレム分子がジグザグ状につながったポリマー状の物質(図2(c))となることが実験的に示しました。これはまさしくLiebigが名付けたメロンであり、その結晶構造が明らかになりました。しばしばLiebigのメロンと呼ばれることもありますが、ポリマー状窒化炭素(PCN)とも言われています。多くの論文で取り扱っているグラファイト状窒化炭素は図2(b)の構造を前提としているが、実際はPCNであり、組成もC3N4から異なっています。

グラファイト状窒化炭素に関しては、トリアジン環を骨格とする窒化炭素(tg-C3N4)(図2(d))も報告されています。こちらは、溶融塩(LiCl/KCl共晶混合)媒体中でのジシアンジアミドの縮合反応の生成物として合成が確認されています。メラミンの縮合とは違って、封じ切りしたアンプル内での合成が要求されます。今のところ、合成ができているもので真にグラファイト状窒化炭素と呼べるものはtg-C3N4のみです。

       
図2 低次元形窒化炭素の結晶構造
(a)メレム分子 (b)ヘプタジン系グラファイト状窒化炭素
(c) Liebigのメロンまたはポリマー状窒化炭素 (d)トリアジン系グラファイト状窒化炭素

3. ポリマー状窒化炭素(PCN)

PCNの原料として、研究室ではメラミンとグアニジン炭酸塩の粉末を用いています。大気中で原料を500℃以上加熱すると縮合に伴いアンモニアガスが放出され質量が大きく減少します(図3(a))。このとき粉末の色は黄色から褐色に変化します(図3(b))。この粉末のX線回折を測定すると27°付近にピークが現れます(図3(c))。このピークはメロンシートが2次元的に広がって層状になっているため、その層の周期的な重なりによるものです。グラファイトは代表的な層状物質でありますが、ABAB・・・というような層構造になっており、この類似性からPCNの27°付近のピークは(002)面の回折とされています(実験的には証明されていません)。

PCNが注目されるようになったのは、その光触媒性が報告されたためです。光触媒とは、光照射によって他の物質の化学反応を促進させるものを示します。ここでいう化学反応とは、主に水の水素と酸素への分解、汚染物質の無害物質への分解といったものです。光触媒では酸化チタンが実用化されています。PCNは金属が含まれておらず、かつバンドギャップが酸化チタンより少し小さいという理由により、酸化チタンの代替物質の候補として研究されています。PCN単体では、光触媒性はごくわずかしかありません。プラチナを担持させると水の水素と酸素への分解が促進されることがわかり、助触媒としてさまざまな候補が検討されています。

図3 PCNの合成
(a) グアニジン炭酸塩の加熱による質量変化(TG) (b) 加熱後の粉末の写真  (c) PCN粉末のX線回折

4. 層状窒化炭素薄膜の合成

当研究室では、 PCNの高品質化により機能性を向上させようとしています。高品質化としてのアプローチとして結晶性の向上が考えられます。もう一つは薄膜化です。結晶性の方向性としては、高配向性熱分解グラファイト(HOPG)のような高配向の層状構造を目指すことが考えられます。また、粉末の状態は光触媒効果を高めるのには表面積が大きく有効なのですが、半導体材料への応用や物性評価といった観点からは、薄膜化したほうが扱いやすくなります。そこで当研究室では、まずはPCNの薄膜化を目指しました。

薄膜化は、PCN粉末を溶かしてスピンコーティングにより再結晶させる方法が考えられますが、PCN粉末は殆どの媒質に不溶性で、この方法が利用できません。液体に粉末を分散させる方法や粉末を圧縮する方法では、均一な試料にするのは困難です。薄膜の場合は気相法を用いるのが一般的ですので、物理蒸着や化学気相成長法で合成することを考えます。私の知る限り最初に薄膜の合成に成功したのは、理研によるグアニジン炭酸塩などを原料とした蒸着による方法です。当研究室でも、この方法からスタートさせて、合成装置や合成条件をいろいろ変えた結果、今のところ石英ガラス管内にメラミンと基板をそれぞれ入れて、環状炉を用いて大気圧、大気中で加熱するといった簡単な合成方法を用いています(図4)。

図4 PCN薄膜の合成
(a) 薄膜合成のための装置  (b) 合成薄膜の写真 シリコンウエハ基板(左)、ガラス基板(右) (c) 合成薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)画像

5. 層状窒化炭素薄膜の結晶構造

PCN薄膜の形成は、基板表面からメロンシートが積層していくと考えられます。したがってPCN薄膜はメロンシートが強く配向しているはずです。結晶の配向性はX線回折により調べることができます。通常のθ-2θ法はout-of-plane法とも呼ばれ、薄膜の測定では基板に平行の結晶面による回折しか得られません。もし、メロンシートが基板に対して垂直の結晶面による回折ピークは得られません。したがって図3(c)の回折ピークをもって層状構造とは結論づけることはできません。そもそも層構造ではない可能性もあります。配向性を調べるには27°ピークの極点測定が有効です。極点測定は2θ=27°(X線の入射角は12.5°)を維持して薄膜を仰角と方位角方向に半球面分動かして回折を調べます。

図5は27°の回折の極点図になります。極点図のテキスチャでは中心のみに回折があることがわかります。中心の回折は、通常のθ-2θ法で観測された回折ピークに相当します。極点図の円の縁は基板に対して垂直な面の回折に相当しますが、回折はありません。単純立方構造の場合は(100)や(010)がここに現れますが、現れないということは2次元構造(=層構造)ということを意味しています。そして極点図の中心に回折があるということから、層は基板に平行に配向ということが明らかになります。

図5 PCN薄膜の(001)極点図 図6 HOPGのout-planeとin-planeのX線回折
青がout-of-plane, 赤がin-planeの回折

次に、2次元のメロンシート自体の面内構造はどうなっているのでしょうか?これを確かめる方法としてX線回折のin-plane法があります。in-plane法は検出器を2θとは垂直方向の軸(θχ)で掃引することで、薄い試料でも基板に垂直方向の回折面を検出できる方法です。例としてHOPGを例にとして考えます。図6はHOPGのout-of-plane法とin-plane法で測定したX線回折パターンです。HOPGは2次元シートは蜂の巣のような六角形格子構造をしており、ABAB形の積層構造と分かっていますので、これらの構造から求まる面間隔から観測ピークと回折角度が一致し、正しく指数付ができます。

図7にPCN薄膜のin-plane法で測定したX回折パターンを示します。θ-2θ法での27°の強い回折は現れず、いくつかの回折ピークが観測されました。このパターンはhg-C3N4およびtg-C3N4の結晶構造から計算した回折パターンと一致しません(図7(a))。一方、Lotschらが提案したメロンシート構造をシミュレートした回折パターンとはよく一致します(図7(b))。以上の結果から、PCN薄膜は2次元のメロンシートが基板に対して平行に積層した層状構造をしていると結論付けられます。

図7 PCN薄膜のインプレーン法によるX線回折
(a) 実験データとtg-C3N4およびhg-C3N4のシミュレーションとの比較  (b) 実験データとPCNのシミュレーションとの比較

6. PCN薄膜の電子物性

PCNはバンドギャップが光子エネルギーで2.7eV(波長では1240/2.7=459 nm)の半導体です。新しい2次元系半導体ということで、その電子物性はどのようになっているのでしょうか。 薄膜のバンドギャップは、光透過率と反射率スペクトルから粉末形状の試料に比べて正確に計算することができます。図7(a)にPCN薄膜の光透過率と反射率スペクトルを示します。透過率と反射率の長波長側での波のような波形(フリンジ)は薄膜の裏表面で起こる多重反射によって生ずる光干渉によるもので、この波の間隔と高さから薄膜の厚さが求めることができます。また、透過率から薄膜の光吸収量を求めることができますが、 フリンジが邪魔をして正しく求めることができません。その場合は透過率T、反射率Rに対してT/(1-R)を計算してやるとフリンジが消えて比較的簡単に光吸収係数(物質中で光強度が37%まで減衰する長さの逆数で定義される)を計算できるようになります。それでも弱い光吸収は誤差が多いため、光熱偏向分光法(PDS)や一定光電流法(CPM)などを用いることでさらに求めることができます。図7(b)はこのようにして求めたPCN薄膜の光吸収スペクトルになります。

図8 PCN薄膜の光学特性
(a) 透過率・反射率スペクトル T、Rは透過率、反射率
(b) 光吸収スペクトル (a)のスペクトルから計算したものとPDSで得られたスペクトルをあわせたもの ((a)とは別試料)

データを整理し、次回追記する予定です。

参考文献

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  • Wikipedia :高配向性熱分解グラファイト
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